東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2675号 判決 1982年11月10日
控訴人 張金土
右訴訟代理人弁護士 元林義治
被控訴人 国
右代表者法務大臣 坂田道太
右指定代理人 小野拓美
<ほか一名>
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し金五〇万七、四五六円及びこれに対する昭和五四年三月二日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴代理人は、当審において次のとおり述べた。
株式会社台湾銀行は、被控訴人が日清戦争の結果日本国の領土となった台湾島外数個の島々を統治する必要から明治三〇年三月三〇日法律第三八号をもって制定公布した台湾銀行法により設立した、いわゆる特別法上の株式会社であるから、日本国商法に定める株式会社の観念をもって律すべきではなく、その設立の目的及び同法の内容、殊に同法第五条に規定する事業以外の営業が禁止されていること、その資本金の額が金五〇〇万円以上とするというように法定され、政府が台湾銀行補助法(明治三二年法律第三五号)第一条により金一〇〇万円を限度として同銀行の株式を引き受けるべきものとされていること、主務大臣の権限が強いこと、政府が頭取、副頭取を任命し、他の職務又は商業に従事することを禁止していること(第一四条)、主務大臣は台湾銀行監理官を置き、同銀行の業務を監視させていること(第一八条)、株主に対する配当金の分配及び定款の変更については主務大臣の認可を要するものとしていること(第二一条、第二二条)、同銀行の営業に関する景況及び計算報告書を政府に提出せしめていること(第二五条)、頭取又はその職務を行う者等に対する処罰規定を設けていること(第二六条)、同銀行に銀行券の発行を許していること(明治三二年法律第三四号により改正された台湾銀行法第八条ないし第一〇条、第二三条、第二六条参照)にかんがみると、同銀行は、日本国の国家機関の一であると解するのが相当である。ところで、同銀行は、連合国最高司令官の覚書に基づいて制定された閉鎖機関令(昭和二二年勅令第七四号)によって解散させられ、同令の定める特別清算手続を経て、同銀行の有する日本国内に在る財産は、昭和三二年四月一日に日本貿易信用株式会社に承継された。同会社は、同令第一九条の三以下の規定に基づき、被控訴人の指示又は許可によって設立されたものであって、この結果、同銀行の資産は、皆無に等しくなった。なるほど控訴人が昭和二〇年一〇月一一日当時同銀行に対して有していた特別当座預金九、〇〇〇円四一銭の債権は、日本国外にある財産であるから、前記日本貿易信用株式会社に承継されず、同銀行は右の日本国外にある財産に対する関係においては、なお存続するものとみなされているけれども、同銀行は、現在国外においては財産を有せず、営業もしていないのであるから、同銀行は、控訴人に対し前記特別当座預金の債務を事実上履行することができなくなったといわざるをえない。元来、同銀行の国外にある財産は、観念的には旧態依然として存続するものであるから、閉鎖機関令による特殊清算が終了した時点において日本国内に残余財産があるときは、これを前記日本貿易信用株式会社に移転させることなく、海外における財産と一体として台湾銀行に帰属させておくべきものと解される。しかるに、被控訴人は、これをなさず、前記のごとく日本貿易信用株式会社の設立を示唆指導し、同銀行の日本国内における権利義務を右会社に移転させ、台湾銀行をして国内国外に何らの積極財産を有しない、実体のない形骸化した法人たらしめたのである。しかして、同銀行は、前述したように、台湾銀行法によって設立された特殊な銀行であって、一般の市中銀行と異なり、特別な組織を有し、国家機関の一であると解され、被控訴人も市中銀行と異なる監督をしていたのであるから、被控訴人は、台湾銀行の財産について管理責任を有するものというべく、したがって、控訴人に対し前記預金の払戻しをなすべき絶対的な責任を有するものと信ずる。
二 被控訴代理人は、当審において次のとおり述べた。
台湾銀行が台湾銀行法によって設立された、いわゆる特別法上の株式会社であることは、控訴人の主張するとおりであるが、同銀行が国家機関であって、被控訴人が同銀行の財産について管理責任を有しているとの主張は、すべて否認する。同銀行が主務大臣の強い監督権限のもとにおかれているのは、業務の性格に基因するのであり、現行の銀行法も主務大臣に対する業務調査権(同法第二〇条)、検査権(同法第二一条)、経営保全命令(同法第二二条)等種々の強い権限を付与しているのであって、主務大臣の監督権限が強く及んでいることをもって台湾銀行の政府機関性を根拠づけることはできない。また、閉鎖機関である台湾銀行の特殊清算手続が閉鎖機関令に依拠するものであることは認めるが、日本貿易信用株式会社が政府の指示又は許可に基づいて設立されたとの点は、否認する。日本貿易信用株式会社は、閉鎖機関令(昭和二八年法律第一三三号による改正後のもの)第一九条の三により昭和三一年七月二五日佐々木義彦を代表とする台湾銀行の株主二二名(所有株数八一、九二七株)が、上松泰造ら一四〇二名の株主(所有株数二〇一、〇三四株)の同意を得て、同銀行の特殊清算人上山英三に対し新会社設立の申立てをなし、同清算人において株主総会決議等所定の手続を経た上、同年一一月二〇日大蔵大臣に対し、同令第一九条の六に基づく新会社設立認可申請書を提出し、翌三二年二月一四日大蔵大臣の右認可を得て設立されたものである。しかし、いずれにせよ、閉鎖機関令による特殊清算は、閉鎖機関の本邦内にある財産を清算するものであり、本件預金債権のような本邦内にある財産以外の財産は、その対象外であり、右清算手続終了後もなお存続するものとされている。
理由
一 控訴人の主張する本訴の請求原因は、必ずしも判然としないが、要するに、「控訴人は、昭和二〇年一〇月一一日当時台湾銀行に対し金九〇〇〇円四一銭の特別当座預金債権を有していたところ、同銀行が被控訴人の制定公布した閉鎖機関令によって閉鎖機関に指定されたため、特別清算手続が開始され、その結果、同銀行の日本国内にある財産は、日本貿易信用株式会社に移転されることになって、同銀行の財産は皆無となり、控訴人は、事実上同銀行より前記預金の払戻しを受けることができなくなったが、これは、被控訴人によって惹起されたものであって、同銀行が国家機関であり、被控訴人において同銀行の財産の管理責任があることにかんがみれば、被控訴人は、控訴人に対し右預金額を現在の貨幣価値に換算した額である金五〇万七、四五六円とこれに対する履行期後で本件請求の趣旨並びに原因訂正の申立書が被控訴人に送達された日の翌日である昭和五四年三月二日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。」というのであると解される。
二 そこで、被控訴人に控訴人の主張するような支払義務があるか否かについて、次に判断する。
(一) 台湾銀行が明治三〇年三月三〇日法律第三八号をもって制定公布された台湾銀行法により設立された株式会社であることは、当事者間に争いがない。
(二) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
台湾銀行は、連合国最高司令官の昭和二〇年九月三〇日付「外地並外国銀行及戦時特別金融機関ノ閉鎖ニ関スル覚書」に基づき、同年一〇月二六日制定公布された昭和二〇年大蔵、外務、内務、司法省令第一号(外地銀行、外国銀行及び特別戦時機関の閉鎖に関する件)によって本邦内における本店、支店その他の営業所及び代理店の業務を行うことができない機関(同省令にいわゆる指定機関)にされるとともに、同年大蔵、外務、内務、司法省令第二号(外地銀行、外国銀行及び特別戦時機関の資産及び負債の整理に関する件)によりその財産につき特殊整理が行われることになった。その後、右の二省令は、閉鎖機関令(昭和二二年勅令第七四号)が昭和二二年三月一〇日に制定公布されるに伴い、その附則において廃止されるに至ったが、台湾銀行は、同時に右の附則により同令第一条の規定による閉鎖機関の指定があったものとみなされ、同令第八条第一項により指定日において解散した。かくして、台湾銀行については、同令による特殊清算の手続が行われることになったが、右手続は、同令第一条に規定するように、本邦内に在る財産の清算を目的とするものであり、本邦外に在る本店、支店その他の営業所に係る債権及び債務は、本邦内に在る財産以外の財産とされ(同令第二条第一項)、右清算の対象外とされた。そして、昭和二三年政令第二五一号及び昭和二五年政令第三六八号による改正後の閉鎖機関令第八条第二項は、「外国法人でない閉鎖機関は、解散の後も、指定業務及び清算の目的の範囲内並びに本邦内に在る財産以外の財産に対する関係においては、なお存続するものとみなす。」旨規定し、また、同令第一九条第一項は閉鎖機関のうち昭和二〇年八月一五日現在においてその本邦外に在る本店、支店その他の営業所に係る債務(いわゆる在外債務)を有していたものについては、特殊清算の目的である債務を弁済し、及び当該債務のうち異議のある債務、条件付の債務その他不確定の債務について、大蔵大臣の定めるその弁済に必要な財産を別除した後において、当該在外債務の総額が当該閉鎖機関の財産(債務を除く。)のうち本邦内に在る財産以外のもの(いわゆる在外資産)の総額をこえる場合にはその超過額(当該閉鎖機関につき政令で一定の金額を定めたときは、その金額を加算した額)に相当する本邦内に在る財産(債務を除く。)を、大蔵大臣の承認を得て留保した後でなければ、残余財産の処分をなすことができないと規定し、この規定に違反してなした残余財産の処分は、無効とすると定めている(同条第三項)ので、台湾銀行は、昭和二〇年八月一五日当時右の在外債務を有していたときは、閉鎖機関令の定める特殊清算の手続にかかわりなく、右の在外債務を弁済するに足る資産を本邦内に留保しておかなければならず、仮りに留保せずに残余財産を処分したとしても、その処分は無効であるから、台湾銀行は、何時にても残余財産の譲受人に対し在外債務を弁済するに必要な資産を取り戻すことができる。
右によれば、台湾銀行は、在外債務に対する関係においては、なお存続しているのであって、これを弁済する資産を保有しているものと解される。したがって、控訴人が、その主張するように、同銀行に対し特別当座預金債権を有しているのであれば、同銀行にその払戻しを請求すれば足りることが明らかである。
控訴人は、同銀行の有する日本国内に在る財産が閉鎖機関令の定める特別清算手続によって昭和三二年四月一日に日本貿易信用株式会社に承継されたために、同銀行の資産が皆無になった旨主張するけれども、前段説示のようにその理由のないことが明らかである。
更に、控訴人は、台湾銀行が国家機関であって、被控訴人においてその財産を管理すべき責任がある旨るる主張するけれども、台湾銀行は、控訴人も自認するように、いわゆる特別法上の株式会社であって、その設立の根拠法である台湾銀行法に照らしてみても、同銀行が国家機関であって、被控訴人においてその財産を管理すべき責任があるとは到底認められないから、控訴人の右主張は、採用することができない。
そうだとすれば、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却した原判決は、正当であって、本件控訴は、理由がない。
三 よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川上泉 裁判官 吉野衛 山﨑健二)